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瑞雲たなびく

平穏これ大事

熊野那智大社に行くその3(那智勝浦)

それでは熊楠が泊まった旅館跡を過ぎていよいよ熊野古道に入っていきましょう。

まずは夫婦杉がお出迎え。

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ここを逆から見るとこんな感じです。

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なかなか立派でしょう。

私が行った日は晴れたのでよかったのですが前の日あたりに雨が降りまして、道は若干湿っておりました。

高い木が道を囲んでいるので日の光もちょっと弱め。

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この写真は写ってしまった他人様のプライベート保護のためにこちらに向いた顔を白く塗っています。あしからず。

この道の先は熊野古道のポスターでも見かけるようなザ・熊野古道って感じの道です。

写真をとるにはなかなかいい雰囲気なのですが、絶えず誰かが歩いているので道だけを写真に収めるのはなかなか難しいです。

たぶん普段より人は少ない方なんじゃないのかと思うのですが・・・

この道沿いにはこんなものがあります。

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「多富気王子」

えっ(;゚Д゚)王子様が石になってしまったの?んなわけありません。

昔々12~13世紀にかけて貴族や天皇が熊野詣でをするときに急きょ立てた神社の跡なのです。参拝途中で参拝者の守護を祈願する目的で建てたそうです。

それが熊野古道には100ちょっとあります。(後から増えたりしたとかで)

旅に出て熊野那智大社まで何にもないと飽きるから、途中ランドマーク的に建てたとかだったりして。だって急きょ建てたとか、神様も急に家増えたら大変でしょうに。

特にこの多富気王子は京都から熊野那智大社に向かう道に点在する王子(九十九王子)の最終点。ここから先はもう那智大社しかありませんよーつて具合です。

しかし・・・(;´・ω・)昔熊野古道の別のところにちょっとだけ行ったときは王子って単なる貴族が休んだ休憩場って聞いたような気がしてたのです。

その時「えー、たかが休憩所に王子なんて大層な名前つけちゃってー」「なんか王子が仁王立ちしてそうじゃなーい」と思った記憶があります。

今回は「100も〇〇王子なんて名前ついてるなんて、最近刀剣乱舞とか戦国武将とか、日本の時代モノが流行っているから全部イケメン貴族に擬人化する人でるんじゃない?」と思いました。

100人分の書き分けって、大変だろうな・・・いや、私はそっち方面はよくわかりませんのでこれ以上は話が膨らみません。

しかし、道が石畳ではあるんですがボコボコで歩きにくかったです。

なんども足首がぐきっとなりました。

この先ちょっとだけ舗装道路ありますが滝の手前もボコボコの石段なので、来る人はなめてかからずに運動靴のような歩きやすいもので来た方がいいと思います。

 

 

 

 

 

熊野那智大社に行くその2(那智勝浦)

さて、バスに乗ってやってきた熊野古道入り口。

熊野古道」と「大門坂」と書かれた石碑がありました。

そこまでが前回の記事。

この左の道を行くとその先に階段があって鳥居があります。

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この階段を上がった左手に家があります。

そこは南方熊楠が3年間も滞在した旅館跡です。

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跡といっても建物があります。

この南方熊楠は知る人ぞ知る人物。

「年金」じゃなかった「粘菌」の研究やら生物の研究やら民俗学やら実績を残した人で、【18言語を解し、「歩く百科事典」と呼ばれ、熊楠の言動や性格が奇抜で人並み外れたもの】(wiki)でした。

人の家で100冊の本を読んでそれを家に帰ってから記憶を頼りに書き写したとか、20年前に会った人と会った時の状況とか一緒にいた人のコトとかを事細かに覚えていたりと記憶力がすごかったり。

反芻胃の持ち主で自由自在に食べたものを吐けたとか。(反芻胃は牛が持ってますよね)

うらやましいのはwikiによると【語学にはきわめて堪能で、19の言語を操ったといわれる。語学習得の極意は「対訳本に目を通す、それから酒場に出向き周囲の会話から繰り返し出てくる言葉を覚える」の2つだけであった。】

こんなんで外国語を覚えられたら楽ですよね・・・こんな能力があったら英語の試験が楽勝だったのに・・・

しかしこんな熊楠にも欠点があって、ものすごい癇癪もち(要はものすごく怒りんぼう)で、多汗症だからってふんどし一枚で山に入って女性をびっくりさせたり、定職につかず弟に援助してもらわないといけなかったりと、まあ完璧超人ってわけでもありませんでした。

 そんな熊楠が3年も滞在した旅館(今はやってません)。

旅館に滞在って、小説家でよくありますけど(川端康成とか志賀直哉とか)そんなことさせてくれるパトロンか出版社でもいたんでしょうかね。熊楠の場合はこの時誰が面倒見てたんだろう、やっぱ弟だったのかな。能力はめちゃめちゃ高くても無心ばっかされたら弟でも切れますわね、やはり途中で絶縁状態に。

 ちなみに熊楠の実家は酒造会社で(弟が継いだ)「世界一統」という社名で今も日本酒を作り続けています。

と、この旅館(今はやってません)を過ぎると「下馬」と書かれた石碑があります。

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これが「下馬評」の語源。

ここで馬を降りて中に入っていった主人を待つ間に下僕たちがあれこれ噂話をしていたので下馬での評価、下馬評となったそうです。

「下馬評」は、熊野古道を一緒に歩いていろいろ説明してくださったガイドの方の説明です。観光地ではガイドの方がよく案内人として活躍されてますよね。こういう人を見ると「神の使い」を思い出します。

例えば今回の熊野那智大社にはサッカーのシンボルマークでおなじみのヤタガラスが祀られています。ヤタガラスは神様の指示で神武天皇の道案内をしたカラスです。こうやって現代でもガイドの方の尊い善行の道案内のおかげで取りこぼしなく熊野を堪能できるのだなと思うと、ほんとうにありがたいことだと思います。名前は晒せませんのでSさん、ありがとうございました。

 

 

熊野那智大社に行くその1(那智勝浦)

熊野、和歌山、那智の大滝。

 熊野那智大社の別宮、那智の滝飛瀧神社の御神体として古くから信仰を集めてきました。

 今回、ようやく那智大社那智の大瀧に行くことができました。

 ここって和歌山の南の端辺りで行きにくいのです(;´・ω・)

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まずは出発点の紀伊勝浦駅にて。

 新大阪や紀伊田辺からここに行く電車が出ております。

 この駅の向かいはこんな感じ。

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 なかなかの閑散ぶり。

しかし観光地なので駅前にタクシー事務所があってタクシーはつかまりやすいし、那智の大滝の入り口まではバスに乗っていくことができます。

あと、やはり観光地なのでお店は結構開いてます。

マグロ丼がとても多いです。

食事処が結構多いので目移りするかもしれません。

食事処は結構混んでました。時間のない時は気を付けた方がいいです。

私は目指した店が混みすぎて時間がなくてやめました。

ガイド的な小冊子も置かれていますので、それを見ながらいろいろ迷うのも楽しみです。

さて、ここからバスに乗って・・・20分くらいかな、那智の大滝に行くための道の入り口の駐車場に到着します。

自家用車もまあまあ止められるくらいの広さはあります。

周りは田んぼと山しかないw

とてものどかでいい感じです。

このバスの途中で「補陀洛山寺」(ふだらくさんじ)というお寺の横を通り過ぎます。

バスの放送にあったのですが、ここの僧侶には小さな舟に一か月分ほどの食料を積み、

外に出られないように扉を釘付けにして閉じ込められ、伴舟にひかれ、経文を唱えながら補陀落をめざして海へ出て行くという、恐ろしい儀式があったとか。

熊野灘はかつて「補陀落の海」と呼ばれていたそうで、補陀落の海を渡る、補陀落渡海なわけです。

もちろん生きて帰れぬ死出の旅なわけです。

平成たぬき合戦ぽんぽこにも海に出ていったタヌキがいましたが。

これを嫌がった僧侶を無理やり舟に閉じ込めて無理やり出したこともあったとか。

無茶苦茶しますね(;´・ω・)

「最も古い渡海は868年、補陀落山寺の僧、慶竜上人によるもので、渡海は18世紀初頭まで続けられました。 」そうですし、wikiによると20回ほど実施されたようです。

他の岬なんかでも行われたらしいです。

なんにせよ恐ろしい儀式です。

もちろん今はそんなことしてません。あたりまえか。

そんな昔に思いをはせつつバスを降りてついたのがこの熊野古道入り口。

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ようやくスタート地点です。

しかし写真のアップが大変です。

記事が瀧にたどりつくのがいつになるやら・・・

 

 

 

 

三仏寺・投入堂(三朝町)

三仏寺(投入堂)

これは鳥取県東伯郡三朝町にある天台宗の寺院です。

役行者という修験道の開祖がお堂を小さく手のひらサイズにしてうりゃあああっと投入れたのが投入堂

そんなことができたらなんか色々応用効きそうな気がするんですよ・・・ロストテクノロジーじゃないですか。

実際のところ役小角が活躍したとされる時代と投入堂の製作されたとされる年代には違いがあって関係ないだろうってことみたいです。

三朝町といえば日本で高濃度のラドンを含んだ放射能温泉で有名な三朝温泉のあるところです。

なので岡山大学の温泉療法を実践する施設があります。

昔寄った時にはひなびた何もない温泉地だったように思いましたが今回行った時には観光客を意識した建物が建っていました。

ここから車で走ること・・・うーん、時間計ってない(;´・ω・)スイマセン

走らせると三徳山に到着します。

駐車場がありますのでそこに車を止めることができますしJR倉吉駅から路線バスに乗れば40分で到着します。

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ここに入るには制限がありますので行こうと思っている人はちゃんと調べて準備してからにしてください。

スカートやヒールは以ての外、スパイクつきの靴も木の根を痛めるのでだめ、スニーカーもモノによってはだめ、入山時間も決まってるし冬もダメだし雨もダメ・・・

などなど書ききれないほど色々あります。

ちゃんと入山時に服装チェックされて、靴がだめなら草履を買うことになりますしあまり適さない服装だと入山拒否されます。

入山できない場合は道から投入堂を見ることができる場所がありますのでそこに行って遠くから眺めてください。

私は昔入山時間に間に合わず、これで済ませたことがあります。

まずはここで拝観料を払って入ります。ここは服装関係なく入れます。

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売店でペットボトルを買うこともできます。

ここから階段を昇っていくと宝物殿があって、さらに行くと本堂があります。

本堂あけっぴろげです・・・

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この先に入山するための事務所があります。ここで服装チェックされ、入山料を払い、入山手続きをします。

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ここから先は体力がいるというか・・・崖を這い上って行ったり木の根をつたい上って行ったりするので怖いです。

ルートはこんな感じ。

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木の根が登山ルートに入っているなんてびっくりします。

ところによっては木の根がつるつるになっていて、ああ、みんなここ持って登ったんだなとわかります。

投入堂行った人のブログを見ると大体載っている途中のお堂の写真と鐘の写真。

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鐘はつけますしお堂は中には入れませんがへりのところを一周できます。

ここはめっちゃくちゃ怖いです。柵がありません。

ふざけて突き落とそうとかやっちゃいけません、ケガで済まないです。

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そして色んなお堂を横目に見ながら辿り着くのが投入堂

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投入堂自体には入れません、行けるのはここまでです。

昔は投入堂には入れましたが滑落して死者が出たので入れなくなったそうです。

ここに来るまでの道のりですらキツく、遭難者がたまに出るくらいですから。

確か宝物殿にはその昔の誰でも投入堂に入れた時代の写真があったように思います・・・記憶が確かじゃないけど。

しかし投入堂を見たときは感動しました。

道のりのきつさもありましたがこんな山奥にただ在り続けていたなんて・・・(゚Д゚;)

いくらでも眺めていられるような感じです。

よくよく見ると修復の跡があります。木が明らかに新しい部分があります。

柱には朱、壁には白が塗られていたらしいので、そんな投入堂もすばらしいと思いますが、この木むき出しの簡素な投入堂も美しいです。

中に入ってみたかったなぁ・・・帰ってからネットで調べたら写真集に載っていたのをアップしていた人がいまして、元々安置されていた仏像は全部宝物殿に置いたのでからっぽでした。
今新たに見てみたいと探したけど見つかりませんでした・・・(´・ω・`)

降りてきて宝物殿も行ったんですが、仏像なんて貸し出し中ばっかりで半分くらいいなかったです。

出張の多いビジネスマンか!

しかし行けば感動間違いなしのお寺でした。

東福寺・通天橋(京都市)

東福寺(とうふくじ)

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こちらは京都東山区本町15丁目のお寺です。

東福寺で検索すると予測検索で 東福寺 ランチ が真っ先に来るのが笑えます。

アクセスよりも気になるのか・・・(´・ω・`)気持ちわかります。

東福寺でピンと来ない人もコーヒーのBOSSでタモリさんと山村紅葉さんが出たCMで紅葉美しい橋と言えばああ、とわかる人も多いのではないかと。

ここは臨済宗東福寺派大本山、禅寺でして、元々は924年に藤原忠平が建てた伽藍があり、この地に九条道家が建てた大寺院が東福寺で、その後たびたび焼失しています。

藤原忠平と言えば菅原道真と親交を持ち、平将門は家人として仕えていた時期もあるという歴史上の人物。

面白いのはwikiに書かれているこの話。

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醍醐天皇の頃、相工(人相占い師)が宮中に召された。

寛明太子(後の朱雀天皇)を見て「容貌美に過ぎたり」と判じた。

時平を見て「知恵が多すぎる」と判じた。

菅原道真を見て「才能が高すぎる」と判じ、皆全幅の者はなかった。

ところが、下座にあった忠平を見て、相工はこれを指さして「神識才貌、全てが良い。長く朝廷に仕えて、栄貴を保つのはこの人であろう」と絶賛(wiki)

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全てにおいて合格点な人だったようです。

私は前にも書きましたが若き菅原道真が主人公の「応天の門」という漫画を読んでいるので菅原道真と出てくるとおおっと思います。

そして知識がないのでおおっと思って終わりです。

それ以上広がりません(;´・ω・)

ただ、朱雀天皇は923年生まれで、菅原道真は903年に死んだことになってるから一緒には顔を見れない気もしますが・・・

まあ、東福寺にはあんまり関係ないか。建てた人じゃないし。

普通に街中を歩いていると規模の大きな寺があるようには思われないのですが、近づくにつれ急に山の中に入った感じになります。

さて、東福寺を横目に通天橋へ。

な、何しに来たんだ私は(゚д゚)!

東福寺自体には案内がないので普段は入れないようです。

HPを見ても通年で入れるのは通天橋、開山堂、東福寺本坊庭園とのこと。

なので来られた方は見た目に華やかな通天橋へみんな流れていきます。

拝観料400円(2016年現在)を払ってすぐのところに橋があります。

もちろん混雑していますが私が行ったのは閉館1時間前の夕方でしたのでましな方だったのかもしれません。

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橋を渡り右手の坂を上ると閉山堂に入ります。

石庭と静かな佇まいの普門院があります。

軒下に腰を掛けられるところがありますのでそこに腰かけて庭を眺めている人がいます。そこに座って眺めるとこんな感じ。

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趣のある場所です。

だだっ広くもなくうまく纏まっているのでこんなところでゆっくり瞑想できたらすがすがしい気持ちになれそうです。

通天橋が人気なので人のいない時間があるのかって話ですが・・・なさそう。

通天橋の前には歩き回れる庭園が広がっています。

ちょうど紅葉になる時期だったのでキレイでしたよ。

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通天橋の上には本坊庭園があるのですが、ここには時間切れで入ることができませんでした。

もう少し時間が欲しかったですね、国宝の三門を見る時間がありませんでした。

ただ閉館間際だったこともあり閉まる間際には人のいない通天橋を見ることができました。

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宇治上神社(宇治市)

宇治上神社(うじかみじんじゃ、もしくは うじがみじんじゃ)

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この神社は平等院鳳凰堂から宇治川を渡った対岸にある神社です。

川沿いに宇治神社があり、その奥に宇治上神社があります。

ここは平等院鳳凰堂に行った後ブラブラして寄ったので行った時点では予備知識なしでした。

古都京都の文化財」という名前で京都市宇治市大津市にまたがる神社仏閣などに対して集団で受けているユネスコ世界文化遺産の一つなんだそうです。1994年に登録されました。

なので神社の鳥居の前には堂々と「世界文化遺産宇治上神社」の石碑が建っているのですが・・・石碑がなんだかすごく新品感。

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写真映りは立派です。

鳥居を抜けると拝殿(鎌倉時代前期建立)があります。

なかなか渋いです。

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この右手に桐原水の建屋というものがあり、湧き水があるので手を洗うことが出来ます。

「宇治七名水」の一つらしいのですが飲めません。

飲めないのに名水とはこれいかに。おまけに七名水の他の六名水はもう枯れてるらしい。

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さてここで手を洗って奥に進むと本殿があります。

ここはwikiによると本殿が神社建築としては現存最古になってます。

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えっ(゚д゚)!

ならそこをもっとアピールすればよいのでは?

おまけに本殿、拝殿ともに国宝なんですよ。

世界文化遺産なんて名乗って他のものと一緒になるより現存最古なんてものほうがすごいアピールポイントのように思うんですが、やはり世界の遺産って方が世界にアピールできるからいいんでしょうね。

本殿はもっとシンプルです。

前面格子状になっていまして、覗いてみましたが特に何も見えませんでした。

中殿は第15代天皇応神天皇を祀り、左はその息子の菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)、右は菟道稚郎子命の異母兄の仁徳天皇を祀っています。

仁徳天皇と言えばあの大阪府堺市にある古墳が有名な方ですね・・・しかし発掘が認められていないので学術上仁徳天皇陵と確定できず、教科書からその呼び名は消えているらしいです。

あの昔習った日本の歴史はなんだったのか・・・(;´・ω・)

それはともかく、こういう歴史ある建物を見る時はネットで予備知識いれてから行った方がいいですね。

この近所に宇治神社がありますが手を洗うところにある兎が可愛いとありましたが全くスルーしてしまいました(´・ω・`)

近所には宇治市源氏物語ミュージアムがあります。

 

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平等院鳳凰堂(宇治市)後編

とっても遅更新・・・すいません。

さてさて平等院鳳凰堂に辿り着きました。

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庭園とミュージアムに入るには大人600円、中高生400円、小学生300円(2016年現在)かかります。

やはり美しい・・・・(*'ω'*)

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ただちょっとあれっ?と思ったのは、思ったより左右に小さかったこと。

イメージの中でものすごく大きなものだと思い込んでいたようです。

 

平等院鳳凰堂の中は見学することができます。

鳳凰堂の中を見るには別に300円(2016年現在)必要です。

来たからには見なくては。

しかしここでご注意を。

鳳凰堂の中を見学するために右の橋に行列ができているのですが、ここにいきなり並んではいけません。

橋の近所に簡素な受付小屋がありますのでここで拝観料払って拝観時間の予約をしなければいけません。

並んでいるからと慌てて列の後ろにくっついてしまい、予約してないからと鳳凰堂に入れない人がいました。

列は拝観時間を予約してお金を払った人が、予約時間に近づいたから並んでいるだけなのです。

私はここで予約をし、一時間後だったのでその間に鳳凰堂をぐるっと回ってミュージアムを見学して戻って鳳凰堂を見学することにしました。

鳳凰堂の前を通ってミュージアム通って・・・と、ぐるっと一周してまた鳳凰堂の入り口の橋に戻ってこれますので問題ないです。

鳳凰堂の前は私の先日のブログ「平等院鳳凰堂前編」の写真にもあるとおりとっても混雑していて人のいない写真をとるのに一苦労しますが、建物の前が池なので案外チャンスはあります。

池の端にささっと行ってパシッととればいいんです。長居すると他の人のチャンスを奪うのでささっと行ってささっと、です。

鳳凰堂はぐるっと回れるのでこんな風に後ろから撮影することもできます。

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鳳凰堂なだけに屋根にはちゃんと鳳凰がついています。

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昔についていた鳳凰はミュージアムに保管されていて間近で見ることができます。

ミュージアムは必見ですね。

鳳凰堂の中には阿弥陀仏を囲んでたくさんの仏像が天井近くの壁にくっつけられていたのです。

「雲中供養菩薩像」と言います。天喜元年(1053)に製作されたと言われています。

それを半分ほど取り外してミュージアムに置き、間近で見れるようにしているのです。

ミュージアムの入り口には極彩色に彩られた復元された仏像が一体飾られていたのですが私はこれに一目ぼれしてしまい、売ってたら絶対買うのにと悔しい思いをしました。

これは絵葉書として売られていたので三枚買いました。今はこれを家に飾って眺めています。

平等院鳳凰堂のHPにも彩色がない木の肌のままの仏像の写真が出ていますからご覧ください。

舞ったり楽器を持った仏像がいろんなポーズで造られています。

1000年前にこんなデザインを考え、製作した技術と感性に驚かされます。

ここで自分好みの仏像スタイルを探してみるのも面白いんじゃないかと思います。

私は南12号の僧形がシンプルながらもイイ感じかなと思いましたが、今改めてHP見てたら北25号の菩薩形が派手で顔もキリっとしてて華やかですね。

ミュージアムは撮影禁止なので写真は撮っていません。

ここを出ると土産物屋に入ります。売っているものは鳳凰堂のHPでも確認できますので先に見て欲しいものを決めておくといいかもしれません。

あまり広くないので団体が押し寄せると一気に混みます。

ここで絵葉書や栞なんかを購入して鳳凰堂の入り口に戻りました。

鳳凰堂の橋を渡ったら靴を脱いで堂内に入ります。

中は巨大な金色の阿弥陀仏が一体鎮座していてその周りを雲中供養菩薩が上で取り囲んでいます。

それを見ながら係の人の説明を聞きます。

私が行ったときは熱心な信者さんがいたようで、後ろでずっとお経を唱えておられて説明があまり聞こえませんでした(;´・ω・)

その時はいい加減にしてくれと正直思いましたが、切実なお願い事があったのかもしれません、願いが届くといいと思います。

平等院に来たのが午後をかなり過ぎていたので地元の店は閉まっていて、昼ごはんはチェーン展開の店で定食を食べました。

最近の観光地はどこもそうですが外国の方が多く、あちこちで意味のわからない文章が飛び交っていました。

世界遺産ですからもっともっといろんな人が見にくるようになるのかなと思います。