瑞雲たなびく

平穏これ大事

彦根城(番外編)

番外編

彦根城の中ではこのように井伊家の赤揃えの鎧兜を再現したものが展示されていました。

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もちろんこれがひこにゃんの原型。

井伊家の兜プラス猫でひこにゃん

ちなみにこちらはキャッスルロードにある近江牛料理の店「近江や」の窓の下にちょこんと置かれた井伊家の赤ぞろえとひこにゃん

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ひこにゃんのお尻がかわいいので写真撮りました。
 
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彦根城(後編)

前編の続きを書きます。

キャッスルロードを出て城に入る橋を渡ります。

少し歩きますと内堀にたどりつきます。

内堀沿いを進んで表門橋を渡り、彦根城に向かいます。

ここで入場料を払います。

玄宮園や開国記念館に入る共通チケットを買った場合は、また見せて半券をちぎってもらわないといけないので持っておきましょう。

私は博物館には入らず、(博物館は別途500円税別)階段を上っていきました。

まずは天秤櫓でめずらしい昔の地球儀が置いてあるのを見ました。

これはいつまで展示しているのか知りませんが・・・

これを見て当時の日本人は地面が丸い球体だと納得できるんでしょうか。

引力も重力も知らないのに。

ここからあがっていくと本丸のある広場に出ます。

ここにあの「ひこにゃん」が出没します。

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私が行ったときはたまたま引っ込む寸前でした。

一緒にいるお兄さんに指導を受けながらちょっとゆっくり動くひこにゃん

かなり前に、暑い日に外でふらっふらになっているひこにゃんを見たことがあったので、そろそろキツイ季節になってきたのではないかと思います。

何がキツイって?

中の人などいないひこにゃんですから、ぽっちゃり体形のせいではないかと。

城の中はがらんとしていて、小さな窓から城下町が見えます。

城からは琵琶湖が見えますがかなり埋め立てて当時より湖岸が遠くなっているそうです。

でも本丸より琵琶湖に近い西の丸から見るよりも琵琶湖が近く見えるのは、高さがあるせいなのでしょう。

西の丸から階段を下りて黒門橋を渡ると玄宮園に向かいます。

 

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ここは江戸時代初期の延宝6年(1678年)に彦根藩4代藩主井伊直興が整備したといわれています。

この玄宮園に隣接する楽々園の建物では井伊直弼が生まれたとか。f:id:astronotes:20170503181356j:plain

この御書院には入ってみたかったなぁ・・・普段は入れなさげです。

でもすごい厳かな雰囲気があるでしょう、とても気に入りました。

外の白い戸はまさか障子なんでしょうか?

雨が降ったら大変なことになるからきっと違うのでしょうね。

これ以上近づけないのがとても残念でした。

さて、玄宮園もとてもいい庭園です。

私が行った日は人があまりおらず、このように人のいない写真が撮れてよかったです。

この庭園の向こうに本丸も見えていい景色です。

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玄宮園の真ん中に小さな小屋が建っているのですが、ここには入れません。

隣接するところに茶屋があって、そこでお茶を飲むことができるのですが、この雰囲気のある年代物の建物の中にはやっぱり入れません。

ここを出て堀沿いに駅の方に向かっていくと開国記念館があります。

今は大河ドラマ井伊直虎」にちなんだ展示物があります。

私は実は大河見てないんですけどね。

ここを出て駅に向かい、彦根城編は終了となります。
 
 
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彦根城(前編)

撮りためていた写真が入ったSDカードが行方不明になってしまい、途方に暮れました。どこに行ったのやら。

なので今回は寺・神社ではなく城を紹介することにしました。

国宝・彦根城です。

国宝と言っても城全部ではなく、天守などの一部分が国宝に指定されています。

この天守が完成して今年で410年ということで、410年祭と題して色々催し物もされています。
 
 
なのでまずはこの写真から。

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今年2017年のNHK大河ドラマは「井伊直虎」ですが、この井伊家の居城でした。

なので彦根城のそばにある開国記念館には大河ドラマの紹介がされていました。
 
さて、彦根城に電車で行く場合はJR西日本彦根駅で降りることになります。

この写真は彦根駅を出て城の方角を見たところ。

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手前の小さな城の模型がかわいいですね。

もしICOCAをお持ちであれば一人当たり1000円か1500円入金しておくといいです。

ICOCAで払うと城の入場料が少し割引になりました。100円か200えんかそれくらい。
 
2017年5月現在なのでサービスがなくなっていたらすいません。

大人の場合で一人あたり通常、城と玄宮園と開国記念館にはいるには1000円、博物館には500円必要です。

左の建物の中に平和堂というスーパーがありますので、必要なものがあれば買いましょう。

前のまっすぐな道を行くと右には市役所が見えてきます。
 

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このまままっすぐ行ってもいいと思いますが、私はここで左に折れました。

城の外堀を周回する道に入ります。

右手に掘、左にはホテルや土産物屋が見えてきます。
 

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のんびり歩いて突き当たると有名なアレがあります。

アレとは有名な洋菓子店、「クラブハリエ」です。

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テレビで見るとものすごくお姉さま方が集われてにぎやか混雑しているイメージなのですが、この時はひっそりとしていました。

入ってみてもよかったのですが、正直興味がなく、写真撮ってそのままスルーしました。

最近はコンビニでもとても頑張っていて洋菓子の良しあしがよくわからなくなっているんですね。

クラブハリエから堀沿いに右に曲がりますと、その先に夢京橋キャッスルロードという観光のためのお店通りがあります。

ここは見た目にかなり統一されていてがんばっている通りです。

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観光客らしい振る舞いといえば、こういったところで観光地価格で何か食べることですよね。

ということで、おじさんの客引きが強かったここに入ることにしました。

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「近江や」

そして観光客ぽく「近江牛ステーキ重御膳2,980円税別」を注文。

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さすがにお肉は柔らかく脂感があっておいしかったです。

店内にはさっき客引きをしていたおじさんが有名人と撮った写真が飾られています。

ボクサーとかタレントとか、ここに来た人というよりおじさんがパーティか何かに参加した時のショットのようです。

このロードにある宗安寺にはこのような枝垂桜とモミジの饗宴がありました。

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道からとても大きな鬼瓦が見えるのでなんとなく入って見つけました。

鮮やかでしょう。これはもっと宣伝していいように思います。

さらにこの通りの足元にはこのような句が仕込まれています。

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これを読みながら歩いてもいいかと思いますが、ずっと下を向いていると人に当たるので気を付けましょう。

このキャッスルロードから枝分かれした四番町スクエアという、今度は洋風建物で統一された観光用の一角があります。

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ここもお店が並んでいますが若干閉まっているところがありました。

どうして急に洋風にしたのかな・・・雰囲気は悪くないんですがね。

もらった冊子のオススメルートに従って、この後は道を戻り、彦根城の敷地に入っていくことにします。
 
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熊野那智大社に行くその9(那智勝浦)

さていよいよラスト、那智の大瀧です。

 

入り口には鳥居と「飛瀧(ひろう)神社」の看板がかかっています。

 

そして歩きにくい石畳をどんどん下っていきます。

 

このあたりだと手すりがついているところもあるので不安な人はちゃんと手すりを持って降りていきましょう。

 

そうしてたどり着いたのがここ。

 

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テレビもネットもSNSもない時代に、こんな山奥の滝の情報がどうやって京の都にとどいたのでしょう。

 

そしてなぜ信仰の対象になったのでしょうね。

 

川だと信仰されないのに、(どこかでされているかもですが)水が崖から落ちるところは信仰される、この違いは霊感ゼロの私にはわからないですね。

 

ただひとつ、ここで私の自慢ですが、私がここに来た時、虹がかかっていました。

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これはうれしかったですね。歓迎されているような気がして。

 

とまあ、熊野古道からここまでずっとたどってまいりました。

 

私の写真撮りまくりが災いして時間はもうぎりぎりとなり、ここからは慌ててバス道まで戻りました。

 

私は熊野古道を歩いてきましたが、それが無理な人はこの瀧の入り口のところまでバスで来ることができます。

 

私も帰りはその滝の入り口まで戻り、そこからバスで駅まで戻りました。

 

乗客は日によるでしょうけどとっても混みますのでご注意ください。

 

バス停に土産物を売る店があってトイレもあります。

 

那智大社に行かれる方の参考になればと思います。

 

これにて那智大社編、終了。

熊野那智大社に行くその8(那智勝浦)

さて、この後見る景色は熊野と言えばのこの景色。

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あれれー、塔が傾いてるー!

 

リアル塔は傾いておりません、素人丸出しの私の写真技術のせいです。

 

ちゃんとしたのもありますが、おもしろいのでこれをあげておきます。

 

いよいよ瀧に向かいます。

 

向かう途中で見かけたこの小さな木は何かわかりますか?

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木の枝が必ず三つの股に分かれて伸びていく木、ミツマタといいます。

 

ミツマタ、コウゾと言えば和紙の原料ですね。初めて見ました。

 

キレイな可愛い黄色の花を咲かせていました。

 

春に来ると椿と言い、ミツマタといい、花に出会えるのがうれしいですね。

 

こういうのもガイドさんに教えてもらわなければスルーするところでした。

 

那智に行くことがあったら目にとめてみてくださいね。

 

ここから振り返るとこんな景色になります。

 

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昔はこんなにすっきりしていなかったでしょう、もっと山深かったでしょうから、来るのは大変だったんでしょうね。

 

青岸渡寺から下ったあたりは舗装道路なので歩きやすいのですが、この先瀧に向かう辺りは下の写真のように石畳になります。

 

これが歩きにくい!!

 

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私はスニーカーで行ったのですが、それでもガタガタすぎてつらかった。

 

何度も足首をひねりました。

 

雨の後は滑りやすくなりますし、ヒールなんかで行くところではないですね。

熊野那智大社に行くその7(那智勝浦)

そして鮮やかな朱塗りの那智大社の右隣には青岸渡寺があります。

 

天台宗のお寺です。

 

このお寺は那智大社とは違って木の肌そのままに古めかしく厳つくて、とっても雰囲気あります。

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表には西国第一番札所、那智山青岸渡寺。とあります。

 

いいです、この荒々しい雰囲気。

 

すごいかっこいい。

 

朱塗りの神社の美しさもいいですが、この年月を経た木の感じもいいです。

 

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もっと見ていたかったのですが、私が熊野の古道で写真を撮りまくっていたために時間が押してしまい、なでるように過ぎてしまいました。

 

この寺から下ると椿の木が一本植えられています。

 

この椿は1本なのに白や赤の色とりどりの花が咲き乱れることから五色椿と呼ばれているそうです。

 

行った日はちょうど花が咲いておりまして、このようにいろんな色が一緒に咲く不思議な写真が撮れました。

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熊野那智大社に行くその6(那智勝浦)

うっかり更新を忘れてひと月超えてしまいしました。

 

すいません。

 

ええっと・・・そうそう、熊野の那智大社に行ったお話です。

 

那智大社にたどり着いてお参りをしまして、そのまま右手に入っていきますと、このような樹齢800年の樟の木(くすのき)があります。

 

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この木は下が空洞になっていまして、入ることができます。お金要りますが。

 

くぐって、それだけです(笑

 

もしかすると樟の木には精霊が宿っていて触ると話しかけられて・・・なのかもしれませんが、私は霊感とかのたぐいが一切ないので何にも感ずることができません。

 

看板は樟ですが、楠と同意なんですかね?

 

wikiでは「各部全体から樟脳の香りがする。樟脳とはすなわちクスノキの枝葉を蒸留して得られる無色透明の固体のことで、防虫剤や医薬品等に使用される。カンフル注射のカンフルはこの樟脳を指しており、クスノキが英語でcamphor teeやcamphorwoodと呼ばれるように“camphora”という種名にもなっている。」とあるので、いい匂いがしたのかもしれません、私はそれもわからなかった(笑

 

樹齢800年なら芽吹いたのは1200年頃、時は鎌倉幕府が生まれる頃。

 

武士の政権が生まれる頃に那智の山奥でひっそりとこの木は産まれていたのですね、そう思ったら命の重みにぐっときますね。