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瑞雲たなびく

平穏これ大事

彦根城(前編)

撮りためていた写真が入ったSDカードが行方不明になってしまい、途方に暮れました。どこに行ったのやら。

なので今回は寺・神社ではなく城を紹介することにしました。

国宝・彦根城です。

国宝と言っても城全部ではなく、天守などの一部分が国宝に指定されています。

この天守が完成して今年で410年ということで、410年祭と題して色々催し物もされています。
 
 
なのでまずはこの写真から。

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今年2017年のNHK大河ドラマは「井伊直虎」ですが、この井伊家の居城でした。

なので彦根城のそばにある開国記念館には大河ドラマの紹介がされていました。
 
さて、彦根城に電車で行く場合はJR西日本彦根駅で降りることになります。

この写真は彦根駅を出て城の方角を見たところ。

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手前の小さな城の模型がかわいいですね。

もしICOCAをお持ちであれば一人当たり1000円か1500円入金しておくといいです。

ICOCAで払うと城の入場料が少し割引になりました。100円か200えんかそれくらい。
 
2017年5月現在なのでサービスがなくなっていたらすいません。

大人の場合で一人あたり通常、城と玄宮園と開国記念館にはいるには1000円、博物館には500円必要です。

左の建物の中に平和堂というスーパーがありますので、必要なものがあれば買いましょう。

前のまっすぐな道を行くと右には市役所が見えてきます。
 

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このまままっすぐ行ってもいいと思いますが、私はここで左に折れました。

城の外堀を周回する道に入ります。

右手に掘、左にはホテルや土産物屋が見えてきます。
 

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のんびり歩いて突き当たると有名なアレがあります。

アレとは有名な洋菓子店、「クラブハリエ」です。

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テレビで見るとものすごくお姉さま方が集われてにぎやか混雑しているイメージなのですが、この時はひっそりとしていました。

入ってみてもよかったのですが、正直興味がなく、写真撮ってそのままスルーしました。

最近はコンビニでもとても頑張っていて洋菓子の良しあしがよくわからなくなっているんですね。

クラブハリエから堀沿いに右に曲がりますと、その先に夢京橋キャッスルロードという観光のためのお店通りがあります。

ここは見た目にかなり統一されていてがんばっている通りです。

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観光客らしい振る舞いといえば、こういったところで観光地価格で何か食べることですよね。

ということで、おじさんの客引きが強かったここに入ることにしました。

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「近江や」

そして観光客ぽく「近江牛ステーキ重御膳2,980円税別」を注文。

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さすがにお肉は柔らかく脂感があっておいしかったです。

店内にはさっき客引きをしていたおじさんが有名人と撮った写真が飾られています。

ボクサーとかタレントとか、ここに来た人というよりおじさんがパーティか何かに参加した時のショットのようです。

このロードにある宗安寺にはこのような枝垂桜とモミジの饗宴がありました。

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道からとても大きな鬼瓦が見えるのでなんとなく入って見つけました。

鮮やかでしょう。これはもっと宣伝していいように思います。

さらにこの通りの足元にはこのような句が仕込まれています。

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これを読みながら歩いてもいいかと思いますが、ずっと下を向いていると人に当たるので気を付けましょう。

このキャッスルロードから枝分かれした四番町スクエアという、今度は洋風建物で統一された観光用の一角があります。

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ここもお店が並んでいますが若干閉まっているところがありました。

どうして急に洋風にしたのかな・・・雰囲気は悪くないんですがね。

もらった冊子のオススメルートに従って、この後は道を戻り、彦根城の敷地に入っていくことにします。
 
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熊野那智大社に行くその9(那智勝浦)

さていよいよラスト、那智の大瀧です。

 

入り口には鳥居と「飛瀧(ひろう)神社」の看板がかかっています。

 

そして歩きにくい石畳をどんどん下っていきます。

 

このあたりだと手すりがついているところもあるので不安な人はちゃんと手すりを持って降りていきましょう。

 

そうしてたどり着いたのがここ。

 

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テレビもネットもSNSもない時代に、こんな山奥の滝の情報がどうやって京の都にとどいたのでしょう。

 

そしてなぜ信仰の対象になったのでしょうね。

 

川だと信仰されないのに、(どこかでされているかもですが)水が崖から落ちるところは信仰される、この違いは霊感ゼロの私にはわからないですね。

 

ただひとつ、ここで私の自慢ですが、私がここに来た時、虹がかかっていました。

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これはうれしかったですね。歓迎されているような気がして。

 

とまあ、熊野古道からここまでずっとたどってまいりました。

 

私の写真撮りまくりが災いして時間はもうぎりぎりとなり、ここからは慌ててバス道まで戻りました。

 

私は熊野古道を歩いてきましたが、それが無理な人はこの瀧の入り口のところまでバスで来ることができます。

 

私も帰りはその滝の入り口まで戻り、そこからバスで駅まで戻りました。

 

乗客は日によるでしょうけどとっても混みますのでご注意ください。

 

バス停に土産物を売る店があってトイレもあります。

 

那智大社に行かれる方の参考になればと思います。

 

これにて那智大社編、終了。

熊野那智大社に行くその8(那智勝浦)

さて、この後見る景色は熊野と言えばのこの景色。

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あれれー、塔が傾いてるー!

 

リアル塔は傾いておりません、素人丸出しの私の写真技術のせいです。

 

ちゃんとしたのもありますが、おもしろいのでこれをあげておきます。

 

いよいよ瀧に向かいます。

 

向かう途中で見かけたこの小さな木は何かわかりますか?

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木の枝が必ず三つの股に分かれて伸びていく木、ミツマタといいます。

 

ミツマタ、コウゾと言えば和紙の原料ですね。初めて見ました。

 

キレイな可愛い黄色の花を咲かせていました。

 

春に来ると椿と言い、ミツマタといい、花に出会えるのがうれしいですね。

 

こういうのもガイドさんに教えてもらわなければスルーするところでした。

 

那智に行くことがあったら目にとめてみてくださいね。

 

ここから振り返るとこんな景色になります。

 

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昔はこんなにすっきりしていなかったでしょう、もっと山深かったでしょうから、来るのは大変だったんでしょうね。

 

青岸渡寺から下ったあたりは舗装道路なので歩きやすいのですが、この先瀧に向かう辺りは下の写真のように石畳になります。

 

これが歩きにくい!!

 

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私はスニーカーで行ったのですが、それでもガタガタすぎてつらかった。

 

何度も足首をひねりました。

 

雨の後は滑りやすくなりますし、ヒールなんかで行くところではないですね。

熊野那智大社に行くその7(那智勝浦)

そして鮮やかな朱塗りの那智大社の右隣には青岸渡寺があります。

 

天台宗のお寺です。

 

このお寺は那智大社とは違って木の肌そのままに古めかしく厳つくて、とっても雰囲気あります。

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表には西国第一番札所、那智山青岸渡寺。とあります。

 

いいです、この荒々しい雰囲気。

 

すごいかっこいい。

 

朱塗りの神社の美しさもいいですが、この年月を経た木の感じもいいです。

 

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もっと見ていたかったのですが、私が熊野の古道で写真を撮りまくっていたために時間が押してしまい、なでるように過ぎてしまいました。

 

この寺から下ると椿の木が一本植えられています。

 

この椿は1本なのに白や赤の色とりどりの花が咲き乱れることから五色椿と呼ばれているそうです。

 

行った日はちょうど花が咲いておりまして、このようにいろんな色が一緒に咲く不思議な写真が撮れました。

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熊野那智大社に行くその6(那智勝浦)

うっかり更新を忘れてひと月超えてしまいしました。

 

すいません。

 

ええっと・・・そうそう、熊野の那智大社に行ったお話です。

 

那智大社にたどり着いてお参りをしまして、そのまま右手に入っていきますと、このような樹齢800年の樟の木(くすのき)があります。

 

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この木は下が空洞になっていまして、入ることができます。お金要りますが。

 

くぐって、それだけです(笑

 

もしかすると樟の木には精霊が宿っていて触ると話しかけられて・・・なのかもしれませんが、私は霊感とかのたぐいが一切ないので何にも感ずることができません。

 

看板は樟ですが、楠と同意なんですかね?

 

wikiでは「各部全体から樟脳の香りがする。樟脳とはすなわちクスノキの枝葉を蒸留して得られる無色透明の固体のことで、防虫剤や医薬品等に使用される。カンフル注射のカンフルはこの樟脳を指しており、クスノキが英語でcamphor teeやcamphorwoodと呼ばれるように“camphora”という種名にもなっている。」とあるので、いい匂いがしたのかもしれません、私はそれもわからなかった(笑

 

樹齢800年なら芽吹いたのは1200年頃、時は鎌倉幕府が生まれる頃。

 

武士の政権が生まれる頃に那智の山奥でひっそりとこの木は産まれていたのですね、そう思ったら命の重みにぐっときますね。

熊野那智大社に行くその5(那智勝浦)

さて、階段を上がりきって熊野那智大社に到着しました。

道すがらの写真はなかなか人の映り込みがあってサイトにアップするのが難しく、いきなりこの写真です。

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右の鳥居から上がってきました。

奥に大社があります。

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左奥の黒い円柱のものがヤタガラスと書かれたものです。

日本サッカーのシンボルとして有名ですよね。

ヤタガラスと検索して一番に「モンスト」の記事が来ましたが・・・(;´・ω・)

神武天皇の道案内をした三本足のカラスなので、神話の時代です。

ヤタガラスが道案内とか動物が道案内したという話はちらほら聞くのですが、そういうのってどうして現代にないんだろう・・・

近い?のはもうなくなられた比叡山天台宗大阿闍梨酒井雄哉大阿闍梨が千日回峰で毎日比叡山を歩くときに白い犬がついていったのとか・・・かな?

その犬の子供も母犬にならってついてくるようになったとか。

映像見ましたけど後からきたり先導するように前を行ったり、なんだかじーんとくるものでした。

現代では私のように大門坂入り口から歩いてきてもよいし、もっと先の社務所のあたりや滝の入り口のあたりまで舗装道路が続いているので車で来ることもできます。

それでも石畳はありますが・・・

ちなみに熊野には梛(なぎ)という木があります。

熊野速玉大社(ここじゃない新宮市のほうにある)にはご神木があるのですが、この木の葉は葉脈が縦になっているので横に破れることはない、ということで縁結びの印になっているそうです。

ただし、神社内で採取することはダメですので欲しい場合は採取してもいいところを確認してからにしましょう。

売ってたりするのかな?そこは確認してないです。

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私が行った日は天気がよくて本当に助かりました。

前日か前々日だったか、雨が降って川の水位が上がってしまったので、瀧の奥に行く一行は途中で断念して戻ってきていました。ここまで来て行けないのは残念な話です。

でも安全第一ですからね。

 

 

熊野那智大社に行くその4(那智勝浦)

 

熊野古道の道の写真はネットにいっぱい出てると思うのでいいかな。

道の途中で滝が見えます。

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私はガイドの方についていただいたので要所要所を外すことなく見ることができましたが、単独で行かれる場合は時々右を気にしておきましょう。

昔の貴族たちもここで滝の存在を初めて認識したのかなぁ・・・(遠い目)

貴族といえば熊野詣では後鳥羽上皇とか後白河上皇が頻繁に来てたとか。

おお、後鳥羽上皇といえば貴族の時代から武士の時代の転換期にいた日本史の大物。

wikiによると壇ノ浦の戦いで海に消えた幼い安徳天皇の次の天皇

この安徳天皇天皇三種の神器のひとつ、宝剣をもったままだったもんだから、天皇の儀式のときに三種の神器がそろわなくなって、「治世を批判する際に神器が揃っていないことと天皇の不徳が結び付けられる場合があった。 後鳥羽天皇は、一連の「コンプレックス」を克服するために強力な王権の存在を内外に示す必要があり、それが内外に対する強硬的な政治姿勢、ひいては承久の乱の遠因になったとする見方もある」(wiki)ということで乱を起こして武士に鎮圧されて隠岐に流されてしまったということなんですね。

貴族なんて儀式とかがすべてだったでしょうに、それはもう大変な劣等感だったでしよう。

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そんな歴史に思いをはせながら、(いやすいません、後で知りました)古道を登りきると舗装された道に出て、細い階段を上がって少し進んでまた階段。

その階段の途中に郵便局があって、最近見かけない円柱型のポストがありました。

そしてこの道からも滝が見えました。

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このあたりに住んでいる人たちは当然、この景色が当たり前なんですが、観光目的の私にはこの景色すら「おおおーっ、滝ーー」なわけなので、写真撮っておきました。

そして歴史に思いをはせ(以下略)

ちなみにこの写真に写っている道は瀧に向かう道ではありません。生活道路です。

この背面に茶店があるので一服休憩もできます。

お土産物店もあるので買い物もできます。

階段をさらに登っていくといよいよ那智大社に到着となります。

はぁー、汗かいた。